『雑音が聞こえます』と言っていた生徒さん、続編
以前、このブログに、
「違和感があります」
「雑音が聞こえます」
「本当にこれでいいんですか?」
と言っていた生徒さんのお話を書きました。
あの生徒さん、その後どうなったかというと――。
すっかり、その声で歌っています。
しかも最近、別の合唱の場で、
「低音が出ますね」
「ぜひバスをやってもらえませんか」
と言われたそうなのです。
本人も嬉しそうに、その話をしてくださいました。
そもそも私が最初にこの生徒さんの声を聴いたとき、
「この人、本当はもっと低い声なんじゃないかな?」
と思っていました。
レッスンを続けていくうちに、身体の使い方が変わってくる。
するとある日――
ズズズズズ……。
地面の底から響いてくるような、立派な低音が出始めました。
私としては、
「おお。出てきた、出てきた」
という感じだったのですが、
ご本人はそうではありません。
「なんか……違和感があります」
はい。
「雑音が聞こえます」
雑音。
「本当にこれでいいんですか?」
かなり疑われています(笑)。
それまで自分が聞いていた声とは、あまりにも違ったのでしょう。
私が「バリトンか、もしかしたらバスかもしれませんね」と言っても、
当初は正直、半信半疑だったそうです。
ところが、
その「雑音」は消えるどころか、だんだん育っていきました。
低音が出る。
響く。
そしてとうとう、いつものレッスン室の外でも、
「低音が出ますね」
「バスをやってもらえませんか」
と言われるようになったとか。
「先生がバリトンとかバスなんじゃないかって言っていたときは、最初は半信半疑だったんですけど……」
そんな話をしてくださったので、私は思い出しました。
「ああ、そういえば最初の頃、“雑音が聞こえます”って言ってましたよね」
「最初はずいぶん違和感があったみたいですけど、もう慣れましたね。
こっちがスタンダードになってきましたね」
すると生徒さん。
「え? そんなこと言いましたっけ?」
……言いましたよ!!(笑)
あんなに心配していたではありませんか。
「違和感があります」
「雑音が聞こえます」
「本当にこれでいいんですか?」
全部言いました(笑)。
でも、これって実は、とても面白いことだと思うのです。
人間にとっての「普通」は、案外あてになりません。
長い間使ってきた身体。長い間聞いてきた自分の声。
それが「自分にとっての普通」になります。
だから身体の使い方が変わって、今までとは違う声が出てくると、
最初はそれを「変だ」と違和感を感じることはとても自然です。
ところが、その新しい使い方がだんだん自分のものになってくると――
今度は、そちらが「普通」になる。
そしてついには、
昔の自分が何を変だと思っていたのかすら、忘れてしまう。
「そんなこと言いましたっけ?」
この一言を聞いたとき、私は思わず笑ってしまいました。
でも同時に、
「ああ、本当にこの声が、この人の中で“普通”になってきたんだな」
と思いました。
人が変わるというのは、こういうプロセスを踏む物だと思います。
あれほど不思議だった声が、今では自分の声になっている。
そして今日も、レッスン室には立派な低音が響いています。
――かつて「雑音」と呼ばれていた音が(笑)。





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